若手芸人たちの夜

 「やめさせてもらうわ!」「どうもありがとうございました~」
 前のコンビの漫才が終了しチラホラと拍手が聞こえてきた。ウケはいまひとつのようだ。今日のお客さんは温かいと思っていたが、面白くないコンビには容赦がないらしい。期待の若手10組が集まっている舞台とはいえ、全組が客を笑わせられるほど甘い世界ではない。特に今日は順位がつく大会なのだ。演者はもちろん、審査員であるお客さんにも緊張感がある。

 次は僕たち『赤羽チャーシューズ』の出番だ。今さら緊張することはない。劇場で何回もやりこんできたネタだし、今回の大会に合わせてボケ数も増やした。相方の浦川もリラックスした表情をしている。

 出囃子が流れ、僕たちは舞台へ駆け出した。

 「いい加減にしろ!」「ありがとうございましたー」
 舞台袖に歩いて戻る。背中にたくさんの拍手を感じる。よし。かなりのウケだ。浦川も手応えを感じたようで、袖に戻ると僕に向かって小さくガッツポーズをした。

 全組の漫才が終わり、演者がステージに並んだ。今から順位が発表される。この大会はお客さんが審査員で、150人の客が1人2票持っている。面白かったコンビ2組に投票し、投票数の多さで順位が決まるという仕組みだ。なお、同じコンビに2票は投票することはできない。

 発表は10位からだ。さすがに10位はないだろうと思いつつも、不安を抱えながら待つ。賞レースはいつも緊張する。「そもそもお笑いに順位付けをするなんておかしい」と豪語していた時期もあるが、売れるためには賞レースを勝ち抜くしかない。

 赤羽チャーシューズの名前が呼ばれたのは8番目、つまり3位だ。嬉しさが込み上げてきたが少し複雑な心境でもある。優勝できなかったことはもちろん悔しさはあるが、そもそも僕らの本来の実力なら5位がいいところだ。今回は運が良かった。なんと10組中、5組がネタ被りをしたからだ。

 僕たちと同期の『いけやまたなか』はファーストフード店の漫才をした。店員役の池山が「へい!らっしゃい!」「新鮮なハンバーグ入ってますよ」と寿司職人に扮してボケるネタだった。まずまずのウケで本人たちも手応えがあっただろう。だがその後に登場した男女コンビの『アシュラ』、結成10年目の『テレコサイダー』もファーストフード店のネタだった。

 3組とも面白かったが、設定が被ったことにより優劣がはっきりとついてしまった。男女コンビのアシュラに票が集中し、そのままアシュラが優勝した。いけやまたなかは5位だった。池山はやり切った表情をしていたが、田中は悔しさをにじませていた。

 他には『ゲンキのクニ』と『なにわ乾電池』が桃太郎でネタ被りをした。普段の劇場でもネタ被りをすることはあるが、ここまで被ることは滅多にない。「ネタ被り連発!漫才大会で珍事」とお笑い系のネットニュースに載った。

 舞台衣装から私服に着替えて楽屋を出るとファンに声をかけられた。
 「めっちゃ面白かったです!握手お願いします!」
 「ありがとうございます」と僕は握手に応じる。今日は期待の若手が出場する大会とあって、熱心なお笑いファンだけでなく一般のお客さんも多かった。

 優勝したアシュラは別室で雑誌の取材を受けている。取材だけでもうらやましいのだが、その後はネット番組の撮影があるらしい。優勝した瞬間から休む暇なく仕事が続いていくのだ。

 僕たちは3位だったが、優勝との扱いは天と地ほどの差がある。これから忙しくなることが約束されているアシュラをうらやましく思うと同時に、3位でホッとしている自分もいた。自分でもハングリー精神が足りないと思う。もちろん売れたいのだが、いつまでも地に足を着けていたいという気持ちもある。いや、本当はただ臆病なだけだ。

 浦川は3位を悔しがっており、しきりに「アシュラええなー」と繰り返していた。こいつは早く売れたくて仕方がないのだ。

 3位になったことで僕たちも少しは仕事が増えるだろう。まだまだバイトは続けなくてはならないだろうが、少しだけ道が拓けた。今日は発泡酒で乾杯して、また明日からネタ作りをしよう。